この作品のレビューを見るとこの老夫婦の知識の無さを指摘している人がいます
でも、これは知識の問題なんでしょうか、じゃあ、あの状況を知識で回避できたんでしょうか
二人が雨水を飲むシーンがあります。汚染されてる水です。知識があっても清潔な水は手に入りません。放射能を取り除く方法はありません。あの二人は飲むしかないから飲んだだけです
じいさんは何かあるごとに「明日になれば~」とか「政府が助けに来てくれる」とか言います。じいさんがそう言ったのは気落ちしがちな妻を力づけようとしただけで本気でそう思ってないように見えます。だからばあさんもまったく反論しません
私には、二人は早い段階で覚悟を決めたように見えます
食器をゴミ箱に捨てた所でそれが見えます
あの二人は絶望的な状況で最後までできることをしたのです、つまり
最後までそばにいて、相手を気遣い励ましあうことです
二人はお互いを不安がらせないために最後まで日常を演じたんです
衰弱していよいよ明日がない状況になったとき、じいさんはもう「明日は~」とは言いません。ただ聖書の言葉を口にするだけです。ばあさんはそんな夫の想いを理解してやさしく受け止めます「もういいのよ」と
この作品は反戦映画です。でもそれは戦争という巨大な災害(人災?)の前では個人の力ではどうしようもないという単純な一点だけです。
同時にこの作品は極限状況でも最後まで相手を想い続けた愛情の物語です














